爺は一年中松の内
松の内が明け七草粥をいただく時期になると街の空気はピリッと引き締まってくる。また道路は運転慣れしないドライバーが減って自転車にとって走り易くなる。一年中引き締まらない爺は人出の少なくなった公園に行ってみることにした。画像は菅生緑地の北端にある雑木林。夏は草ボーボーで入り込めないが、この時期は散策にお誂え向きの小路となる。
菅生緑地から続いて水沢の森に入る。初夏から夏場にかけては一面の草原だったところ。自転車を立て掛けている木はエノキ。夏は草原の中で唯一有難い木陰を作ってくれる。今はご覧の通り何もない。
美しの森公園に寄りみち
帰り路美しの森公園に寄ってみた。魅力的なお姉さんが犬を連れて階段を登っていった。お姉さんの足元に見えるビニール袋状のものは白い犬、しかも2匹いる。冬は日が傾くのが早い、木々の影が左から右へどんどん伸びていく。
近所の土橋神社にも寄ってみる。自転車の向こう側は斜度45度ぐらいありそうな急階段、際どいバランスで立て掛けているので撮影中気が気でならなかった。
もう一枚は近所の宮前平駅前の八幡神社。右側の窓口で元旦におみくじと破魔矢が用意される。昔は鳥居が建っている路面に旧大山街道が左右に通っていた。階段がない当時はなだらかな斜面が矢上川まで続いていたらしい。
古い人間ほど古い物に惹かれる
わざわざいつ壊れるか分からない当時物を購入しなくても、アマゾンで似たようなサドルバッグが1500円前後で売られているのに我ながら物好きだと思う⇒人間が古いから古い物に惹かれるのでは?という人もいる。けだし名言!。
サドルバッグの中身はタイヤチューブ、タイヤレバー2本、9mmのスパナ。できればチェン切りも入れたいがなるべく軽くしたいので諦めた。これを付けて年末の忙しい時期に分水嶺の峯道へ行ってみた。ハンドルステムの真上に大岳山がかすかに写っているのが見えるだろうか?。
ここは2022年8月30日のブログでセミの亡骸をサドルに乗せて西方浄土の方角を教えてやった場所。その時の画像を再掲載。
昔使っていたダイナモ&サドルバッグ
画像は1967年9月雛鶴峠に行ったときのもの。場所は山梨県都留市にあるリニア新幹線車両基地に面した旧道のヘアピンカーブ。この当時ダイナモはリムドライブではなくタイヤドライブだった。ボトルは今も現役だが凹んで傷だらけになっている。サドルバッグはきっちり隙間なく取り付けたくてストラップで吊り下げている。
同じサドルバッグだが普通に取り付けるとサドルからバッグがデレンと垂れさがり締まりがない。画像は1967年3月伊豆熱海の錦ヶ浦あたり。現在立派な新道が山側にできていて画像の道は危険のため現在通行止めになっている。
最近当時と似たようなバッグを見つけたので購入。以前も何度か検討したが特徴的な留め金のものがなかなか見つからなかった。これもサドルから垂れ下がらないようにストラップで吊り下げている。元々付いているベルトが弱々しくすぐ切れそうなのもストラップを使う理由の一つ。
JOSで統一されていた光風ケンコー号
左が1967年7月長谷川自転車商会でケンコー号を購入したとき付いていたもの。当時のケンコー号は考え方が進んでおり、電装品はすべてJOSで統一されていた。爾来そのJOSは55年もの間よく働いてくれた。ブラケットの穴の大きいのは2013年レストアしたとき昔と比べてリム径が小さくなっており仕方なく取付部を削って加工したもの。
新品のダイナモも取り付け部を削って取り付けた。ボロボロの車体にピカピカの部品を一つだけ付けるとなんとなく浮いた感じがする。右側シートステー&チェンステーの傷が痛々しい。塗装の痛みが激しくてちょっと何かがこすれるとすぐ剥げてしまう。
ダイナモを交換することになった
帰宅後ダイナモをはずして端子をヤスリで磨いたり、リード線の接着面を綺麗にしたりして試してみたがまるで反応なし。かすかに尾灯が点いているだけだった。
新旧二つのダイナモ。7~8年前異音がするので仲間のM田さんに直してもらった。万一のことを考えて予備にと買っておいたのが白くて綺麗な方。小手先の修理で直りそうもないので交換することにした。
近隣探訪 ダイナモが壊れた
年末近くのある日ブラブラ近所をポタリングした。いつもの美しの森あたりをゆっくり流し旧郵政宿舎跡地まで来ると冬の澄んだ空気の中、大山が遠くの山並の左端に見えた。それとブレーキレバーの真上に見えるのは大岳山だろうか?
近くのマンションのそばを通るとローズマリーの良い香りが漂っている。鼻腔をくすぐる匂いに誘われて庭先に入り込んでちゃっかり撮影。
その先暗い所を通ったので最近やってないダイナモのテストをしてみた。結果⇒やらなきゃよかった。ウィーンとダイナモのうなる音がするけれど点灯しない。尾灯が微かに点いているがまるで蛍の光。