ji-iのんべえ爺さん自転車に乗る

ちょっと飲んでは走り、走っては飲む爺です....が、最近医者に止められて飲めなくなりました

怖い山道

道幅20cmぐらいを残して路肩が崩落している現場に差し掛かった。シートチューブを握って後輪だけ持ち上げ、爪先立ちで通過した。ここは滑り落ちると50mぐらい落ちていきそうだ。ここ以外は特に危険な場所はなかったと思う。

路肩が崩落している

出発から2時間後の午前7時30分、白糸の滝に到着した。ここの標高は855m、大菩薩峠が1897mだから高低差約1042mを距離11・7kmで降りてきたことになる。計算上89・06/1000という急勾配なのだがなにぶん54年前のことゆえ、そんなに急だったかな?程度の記憶しかない。

一般道まで下りてきた

 

風邪を引いて具合の悪いT田君

翌朝8時半出発予定だったがT田君の具合が悪いので5時半に出発した。彼は発熱でほとんど朝食を食べられなかった。早く家に帰りたいとダルそうに訴えているだけ。峠からの下りは最初尾根をトラバースするように北に向かって下りていく。細かい霧雨がそぼ降る中、黙々と下りていく。普段陽気な彼が押し黙ってまるでお通夜のようだ。時々立ち止まって鼻をかむ仕草が気の毒でならない。

時々立ち止まるT田君 具合が悪そうだ

鬱蒼としたコメツガやシラビソの原生林の中を下りていく道は、幅50cmぐらいと狭いが路面は荒れていないので走り易い。ただ所々落差50cmほどの段差があり、いちいち自転車から降りて前輪を持ち上げないとフロントマッドガードの端をガリッとこすってしまう。

道は良いが段差が邪魔 自転車は逆を向いている

 

首がもげたお地蔵様

落ちた首の代わりに石が載せてある。落雷か何かで台座から転げ落ちてもげたかな?それともこんなところで廃仏毀釈運動の犠牲になったか?もしそうなら担ぎ上げた人が嘆くのでは...。現在もこのままなのか知りたいところ。(グーグルで見ると首はもげたままで、代わりに載せてあった石は見当たらなかった)。

首が取れたお地蔵

これは到着早々の写真。お地蔵様のお姿が可愛らしい。この頃のリヤ変速機はまだサンプレックスだった。ツーリング後、神金自転車店に行ったら「サンプレなんか使ってないでシクロランドナーにしろ!5000円で付けてやるよ」と言われた。塗色は親父さんに任せたらオレンジ色になった。その時以来変更はない。

首が取れてもサマになっているお地蔵様

夕食後18時半ごろだったと思う。雷鳴がとどろいてピカピカ光り出した。面白いから写真を撮ろうって自転車を持ち出して撮影。この直後猛烈な雷雨に遭う。このバカ騒ぎのせいでT田君は風邪をひいてしまった。

直後猛烈な雷雨に襲われた

 

大菩薩峠で肩を組んで記念撮影

大菩薩峠にある白い標識と標柱の北側に山の名前が記されている方位盤がある(方位盤...表現が古いかもしれない、まるで潜水艦みたい)。そこにT田君と並んで記念撮影。T田君、フロントマッドガード長すぎじゃないかい?。

大菩薩峠にて

キャンピング車はサイドバッグに雨や泥が垂れないようにマッドガードはリヤ用を2本使うが、フロント用には少し長さを詰めて使うのが普通だと思う。詳しくは訊いていないが前後とも切らずにそのまま取り付けたのかも知れない。

2台並べて 大菩薩峠にて



大菩薩館はどこだったのろう?...思いだせない

大菩薩館ってどこにあったのだろうか?現代の地図には載っていないのだ。福ちゃん荘と大菩薩峠の間にあると思っていた。書いてある文字は「大菩薩館、左 長兵衛小屋421m10分」、ん?、てことは福ちゃん荘と長兵衛小屋の中間点のようだ。そんなのあったかなぁ?...。まぁいいや。指導票の下の「東芝トランジスタラジオ」の文字がなんとも懐かしい。TOSHIBAのロゴが古臭くてノスタルジック!。気に入った!。

大菩薩館の場所は今も分からずじまい

このあたりから上り勾配がきつくなる。地図を見ると等高線がこみ入っていて自分ひとりだけ登るのでも重労働だ。自転車は押し上げるというより引き摺り上げる...に近い難行苦行の道中となる。やがて勾配が多少緩くなり両側に生い茂っていたクマザサも途切れてきた。すると斜め前方に待望の山小屋介山荘が見えるではないか!。大菩薩峠の標柱も見える。17時55分、カヤトをトラバース気味に登り詰め目的地の大菩薩峠に到着した。

クマザサの切れ目から大菩薩峠が現れた

 

サドルオイルで尻が黒い

福ちゃん荘の前の広場、登山客が思い思いに食事したりお茶を飲んだりできるように粗削りではあるがイスとテーブルが用意されている。背景の白樺が綺麗。このあたりからダケカンバが混じり始める。サドルオイルで黒くなった尻は同級生のT田君。

福ちゃん荘の前で

この画像は場所不明。福ちゃん荘付近と自分でアルバムに書き入れているがまるで思い出せない。結構険しい登山道を自転車を押してきたんだなと今更ながら驚いている。

ここがどこかまるで思い出せない

 

福ちゃん荘に到着

長兵衛小屋からクマザサの中の道を30分ほど自転車を押して16時23分山小屋の福ちゃん荘に着いた。急な登りでだいぶ疲れた、小休止。標高1700m、長兵衛小屋から30分で116mも登ってきた、疲れるわけだ。

当時の福ちゃん荘

福ちゃん荘の前で3~4才の女の子が母親と一緒に三輪車で遊んでいた。広場の地面が凸凹なので母親の付き添いがないとちょっと危なっかしい。今から54年前の話しだからその子ももう60才近くになっているのだろう。七三に分けた髪が可愛らしい。

福ちゃん荘の女の子